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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)6446号 判決

原告 帝都信用金庫

右代表者代表理事 金子澄之助

右訴訟代理人弁護士 富沢準二郎

同 鈴木誠

同復代理人弁護士 小玉博之

同 柚木司

被告 明治土地興業株式会社

右代表者代表取締役 秋葉勝男

被告 鈴木四郎

右被告両名訴訟代理人弁護士 石川泰三

同 荒井鐘司

同 辛島睦

同復代理人弁護士 小室恒

同 大矢勝美

被告明治土地興業株式会社補助参加人 坂上良三

右訴訟代理人弁護士 別附祐六

同 村上精三

主文

原被告間の当庁昭和四〇年(手ワ)第一八一八号及び同年(手ワ)第二四九九号各約束手形金請求事件の手形判決をいずれも取消す。

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、請求の趣旨

(一)  被告らは各自原告に対し四三〇〇万円並びに内金一三〇〇万円に対する昭和四〇年五月三一日から、内金三〇〇〇万円に対する昭和四〇年七月三一日から各完済まで年六分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

三、請求の原因

原告は、被告らが共同して被告会社補助参加人坂上良三に対し振出した別紙手形目録表示の記載のある約束手形八通の所持人であるが、満期にこれらを支払場所に呈示したところ支払を拒絶された。

そこで請求趣旨記載のとおり右手形金及びこれに対する各満期から完済まで法定の年六分の割合による利息の支払を求める。

四、請求原因に対する認否

全部認める。

五、抗弁

(一)  本件手形振出の原因

1、被告明治土地興業株式会社(以下被告会社という)は、昭和三九年六月一五日被告会社補助参加人坂上良三から同人所有の伊東市岡字竹之花二六二番宅地一〇八七・五坪(以下本件宅地という)、及び訴外松倉直作所有の同所二六二番の三鉱泉地一坪(以下本件鉱泉地という)を左記の約定により代金九六〇〇万円で買受けた(以下本件宅地及び本件鉱泉地を総称して本件土地という)。

イ 坂上は被告会社に対し、昭和四〇年七月五日までに、本件宅地につき、静岡地方法務局伊東主張所

① 昭和三七年一一月二〇日受付第八一八一号根抵当権設定登記(抵当権者原告)

② 同日受付第八一八二号所有権移転仮登記

③ 同日受付第八一八三号賃借権設定仮登記

④ 昭和三七年一二月二一日受付第九一九九号抵当権設定登記(抵当権者訴外東京日産自動車販売株式会社)

⑤ 昭和三九年三月二三日受付第二〇六三号根抵当権設定仮登記(権利者訴外李基鳳)

の各負担を、本件鉱泉地につき、同出張所

① 昭和三二年八月二七日受付第三四二二号抵当権設定登記

② 昭和三六年六月一九日受付第四四五〇号根抵当権設定登記

③ 昭和三七年一月二〇日受付第四三九号予告登記

を、すべて抹消した上、被告会社に対し本件各物件の所有権移転登記をする。

ロ 被告会社は坂上に左のとおり代金を支払う。

昭和三九年六月一五日  一五〇〇万円

昭和三九年一一月三〇日 三〇〇〇万円

昭和四〇年五月三一日  二一〇〇万円

昭和四〇年七月三一日  三〇〇〇万円

2、イ しかして右代金のうち一五〇〇万円は本件宅地の三番抵当権者訴外李基鳳に対する債務の弁済にあてることとし、被告会社代表者秋葉勝男が昭和三九年六月二二日八〇〇万円を、同年七月一五日七〇〇万円を各現金で右訴外人に支払い、同月一日同訴外人の三番抵当権は抹消され、被告会社は本件宅地に売買予約の仮登記をした。

ロ 残金八一〇〇万円については、本件宅地の一番及び二番の各抵当権の抹消にのみ用いる約定のもとに約束手形一八通(本件手形を含む)をもって、同年七月二日被告会社から坂上に支払われた。

3、被告会社の代表取締役会長である被告鈴木四郎が本件各手形に共同振出人として署名したのは、経済的信用力のある同人が個人として保証をなすことにより手形の価値を高める目的でなしたのである。なお、坂上及び原告は取引の当初から個人手形による決済を希望していた。

(二)  原告の悪意

1、イ 坂上は昭和三八年一〇月頃原告に対し本件宅地を担保に五〇〇〇万円、その他の物件を担保に五〇〇〇万円計一億円の負債を負って倒産状態にあり、原告金庫は右貸付金の回収に関して本件土地の売買に強い関心を持っていた。

ロ 被告会社は同月初旬頃坂上から本件土地の買い取り方を懇願され、種々交渉の結果これに応ずることとし、同年一二月中旬被告鈴木において坂上と共に原告金庫本店に本店長訴外国分英三を訪問して右の事情を説明して喜ばれるなどの経緯を経て、同月三〇日売買代金一億三六〇〇万円と定め原告代理人弁護士訴外栗原勝立会のもと売買契約書に調印した。

ハ ところがその後被告会社は都合により右売買契約の解除を申し入れ、紆余曲折の末昭和三九年六月一五日(一)項記載の契約が成立したのであるが、この間の事情は坂上から原告に対して逐一報告されていた。

2、原告代理人富沢準二郎弁護士は昭和三九年七月一四日坂上から右約束手形中本件手形を含む額面合計四八〇〇万円の手形を受領した。その際、同弁護士及び原告金庫本店長訴外国分英三は、

イ 本件手形は本件宅地売買代金の支払のために振出されたものであること、

ロ 本件手形は当然本件宅地に関する原告の抵当権等を抹消するのに用いる趣旨で坂上に交付されたものであること、

ハ 本件手形を坂上の原告に対する債務中本件宅地を担保とする分の弁済にあてなければ、坂上の当時の財政状態からして、坂上において本件売買契約上の義務である本件宅地上の負担の除去をすることができず、しかして本件宅地上に原告の抵当権が残る場合には右売買契約は債務不履行により解除されるべきこと、

を熟知していた。

3、それにも拘らず、富沢弁護士は本件手形取得の際ことさらに、本件手形を坂上が原告に対して負担する他の債務の弁済に充当する旨の念書を同人から徴求し、本件宅地に関する債務の弁済にあてないこととし、その後被告らが支払った手形(額面五〇〇万円)についても、その手形金を本件宅地の被担保債権以外の債権に充当した。

4、なお原告は同年七月九日静岡地裁沼津支部に対し本件宅地につき任意競売の申立をなしており(同裁判所昭和三九年(ケ)第四五号)、昭和四二年一〇月一九日自ら五六七六万八〇〇〇円で競落した。

5、仮に原告が右2のイ、ロ、ハの事実につき悪意でなかったとしても、諸般の事情に照らしてはなはだしく不注意であったというべきであり、重過失あるものとして、手形法一〇条但書、一七条但書の趣旨により原告は手形金の請求をすることはできないというべきである。

(三)  売買契約の解除

坂上は被告会社の再三の口頭による催告にもかからわず本件売買契約上の義務を履行せず、本件各手形を含む被告ら振出の手形を他の用途に流用した以上は同人の債務は履行不能となったと考えられる。そこで、被告会社は昭和四一年六月二八日書面をもって坂上に対し本件土地売買契約解除の意思表示をなし、右書面は同月三〇日同人に到達した。

以上の次第で本件手形振出の原因債務は消滅したから、被告らは坂上に対し本件手形の支払義務を負わず、悪意の取得者である原告に対しても右抗弁をもって対抗できる。

(四)  使用目的違反

坂上は本件宅地に関する債務の弁済に充当する為に本件手形の交付を受けたのであり、そこには一種の委任関係があるところ、これに違反したのであるから、権限濫用もしくは被告らに対する義務違反である。原告は右事情につき悪意もしくは重過失がある。

(五)  詐欺≪省略≫

以上の次第であるから、被告らは本件手形金の支払義務を負わない。

六、抗弁に対する認否

抗弁(一)本件手形振出の原因1記載の事実中、被告会社と坂上との間に本件土地売買契約が成立したことは認めるが、その日時、代金額等は不知。同2イ記載の事実は不知、同ロ記載の事実中、本件手形が本件土地売買代金の支払のため振出されたものであることは認めるが、その余は不知である。

抗弁(二)原告の悪意1イ記載の事実中、坂上が原告に対し本件宅地を担保に五〇〇〇万円の負債を負っていたことは認めるが、その余の負債の金額は否認、坂上の資産状態は不知、原告が本件土地売買に強い関心を持っていたことは否認、同ロ記載の事実中坂上と被告会社との交渉は不知、被告鈴木と坂上が被告主張の日頃原告を訪れたことは認めるが、その余は否認、同ハ記載の事実中、本件売買契約に至る事情が坂上から原告に報告されていた事実は否認、その余は不知である。

同2ロ及びハ記載の事実は否認する。原告は本件土地に関する昭和三八年一二月三〇日付契約書の内容についてのみ報告を受けていたが、右契約書には坂上の抵当権抹消義務に関する約定はない。

同3記載の事実中、被告主張の念書を坂上から徴求したことは認める。本件手形を本件宅地に関する債務の弁済にあてないこととしたとの点は否認する。坂上は原告に対し、昭和三一年三月三一日付継続的商業手形割引、手形貸付、証書貸付及び保証契約に基づき(1)個人債務五一〇〇万円、(2)訴外株式会社日本ベンダーへの連帯保証債務三一〇〇万円、(3)訴外関東交通興業株式会社への連帯保証債務五六二〇万円、(4)訴外坂上新一への連帯保証債務四〇〇万円、合計一億四二二〇万円の債務を負担しており、本件宅地に関する原告の根抵当権は右全債務を担保するものである。被告らが支払った手形金五〇〇万円は、坂上に対する昭和三四年一〇月八日証書貸付金六〇万円の元利金、訴外坂上新一に対する手形貸付残金及び利息並びに日本ベンダー株式会社に対する証書貸付元利金の一部に充当した。仮に本件手形金四八〇〇万円が決済されたとしても原告の債権はなお約一億円残存するのであるから原告が右債権を担保するための抵当権を実行するのは当然である。

抗弁(三)売買契約上の解除記載の事実は不知。

抗弁(四)使用目的違反記載の事実中、原告の悪意重過失は否認、その余は不知。

≪中略≫

七、再抗弁

被告会社代表者秋葉勝男は昭和三九年六月一三日本件宅地が競売されても本件手形は支払うことを承諾した。

八、再抗弁事実の認否

否認

九、証拠≪省略≫

理由

一、請求原因事実については当事者間に争いがない。そこで被告らの抗弁について判断する。

二、被告らの抗弁第一点は、要するに、

(イ)  被告会社の主張として、本件手形は被告会社を買主とし、被告会社補助参加人坂上良三を売主とする本件土地売買契約の代金支払のために被告会社が振出し交付したものの一部であり、被告会社と坂上との間には本件宅地上に設定されてある原告を権利者とする順位一番の根抵当権及びその他の負担を抹消して引渡す旨、並びに右手形をその目的に使用する旨の約定があったところ、原告は右の振出原因及び約定並びに坂上が財政上倒産状態にあって本件手形をもって右抵当権等を抹消しなければ他に右抹消をなす資力を有しないことを知りながら、敢えて本件手形をもって右抵当権抹消のために使用しない約定をして坂上からこれが交付を受けたものである。従って原告は、本件手形は本件土地売買代金支払のために振出されたものであるが本件宅地上の右根抵当権が消されないこととなる結果、右売買契約は坂上の債務不履行を理由として将来解除されるべきことを知って手形を受領した悪意の取得者というべきである。

そして被告会社は坂上に対し同人の債務不履行を理由として右売買契約を解除する旨昭和四一年六月三〇日到達の書面をもって意思表示をしたから右契約は同日解除された。よって被告会社は本件手形につき原因債務消滅の抗弁をもって原告に対抗できる筋合であり、本件手形の支払義務を負わない、といい、

(ロ)  被告鈴木の主張として、同被告は被告会社の代表取締役会長であるところ、本件各手形に共同振出人として署名したが、それは被告会社の本件土地売買契約上の債務を個人として保証したところから出たものであり、実質は保証の趣旨の共同振出である。従って被告鈴木は原因関係たる民事保証契約に基づき悪意の取得者である原告に対し債務消滅の抗弁をもって対抗し得るから、本件手形につき支払義務を負わない、というのであると解することができる。そして、右抗弁事実は被告会社と坂上との間に本件土地の売買契約が成立したこと、及び本件手形が本件土地売買代金支払のために振出されたものであることを除いて、すべて原告の争うところである。

三、そこで判断するに、≪証拠省略≫を総合すると、被告会社は昭和三九年六月一五日補助参加人坂上良三から同人所有にかかる本件宅地及び訴外富士物産株式会社所有にかかる本件鉱泉地を代金九六〇〇万円で買受ける契約をし契約書を作成したこと、本件宅地上には原告を権利者、坂上を債務者とする順位一番債権元本極度額五〇〇〇万円の根抵当権設定登記、賃借権設定仮登記及び所有権移転仮登記、訴外東京日産自動車販売株式会社を権利者、訴外関東交通興業株式会社を債務者とする順位二番債権額一五〇〇万円の抵当権設定登記、訴外李基鳳を権利者、坂上を債務者とする順位三番債権元本極度額一五〇〇万円の根抵当権設定登記、賃借権設定仮登記及び所有権移転仮登記、訴外佐々木産業株式会社を権利者とし坂上を債務者とする順位四番債権極度額一八〇〇万円の根抵当権設定仮登記がそれぞれなされていたが、これらの負担は坂上においてすべて抹消した上昭和四〇年七月五日までに被告会社に所有権移転登記をすることが右契約条項中に定められたこと、被告鈴木は被告会社の連帯保証人として本件契約履行の責に任ずることを約し右契約書に署名捺印したこと、そして右契約に基づき被告会社代表者秋葉勝男は昭和三九年六月二三日右売買代金中一五〇〇万円を直接三番抵当権者である訴外李基鳳に対し現金八〇〇万円と手形で支払い抵当権等の登記抹消に必要な書類の交付を受けて、同年七月一日右訴外人を権利者とする前記各登記を抹消すると共に被告会社を権利者とする所有権移転請求権仮登記をなし、次いで同月二日残代金の支払として本件手形を含む約束手形額面合計八一〇〇万円を坂上に交付したことを認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫そして、右の事実と後記認定にかかる本件契約締結に至るまでの諸事情とを併せ考えると、被告会社と坂上とは本件手形の授受に際し本件手形を含む被告ら振出の手形を専ら原告らの前記諸権利抹消の目的のために使用する旨の合意をなしたものと認められる。

四、進んで原告の悪意について考察する。≪証拠省略≫を総合すると次の事実を認めることができる。被告会社補助参加人坂上良三は昭和三七年一〇月頃訴外佐々木正義弁護士から本件宅地の任意競売を有利な投資として紹介され、本件宅地を二二〇〇万円で競落したが、その代金等に充てるため、本件宅地を他に転売した売却代金をもって返済する約定のもとに原告から五〇〇〇万円を借入れ右競売代金を支払って本件宅地の所有権を有し、原告は同年一一月二〇日本件宅地上に債権元本極度額五〇〇〇万円の根抵当権設定登記をしたほか前記各仮登記をなした。坂上は原告に対し右五〇〇〇万円のほか、同人が経営していた関東交通興業株式会社の債務約五六〇〇万円、株式会社日本ベンダーの債務約三一〇〇万円、訴外坂本新一の債務約四〇〇万円に対する各保証債務を負担していたところ、右両会社は翌昭和三八年三月頃から六月頃にかけていずれも銀行取引停止処分を受けるに至ったため、坂上個人も多額の債務を負担して殆んど倒産状態となった。加えるに原告は監督官庁である関東財務局理財部金融課の監査において、右五〇〇〇万円の貸付を指摘され早急な回収を勧告されたので、理事長以下これが回収に少なからぬ関心を寄せるようになったが、坂上の経済状態からして返済資金を得る方法は本件宅地の売却以外にない実情だったので勢い同人に対し本件宅地の売却方が督促されるようになった。そこで坂上は本件宅地の買主を求めて奔走したが、本件宅地上には訴外伊東市が賃借権を有し市営住宅一八棟を所有しており、前所有者との間に昭和四〇年七月五日限り明渡す旨の調停が成立している状態であったため適当な買主を見つけ得ないでいたところ、昭和三八年一〇月頃訴外加藤竹治の斡旋で穀物商品取引所理事長で被告会社の取締役会長である被告鈴木四郎に対し本件宅地の買取方を申込むに至った。坂上から右の事情を打明けられ再三の懇請を受けた被告鈴木は、たまたま鎌倉市所在の同被告所有地を同市に売却する契約が出来たのでその代金をもって本件宅地を購入する意向を固め同市からの入金に従い分割払の条件で坂上の申込に応ずることとし、同年一二月中旬頃坂上と共に原告金庫を訪れ本店長国分英三らに会い、被告鈴木において右鎌倉市より支払われる代金をもって本件宅地を買取る旨申入れたところ、右国分らは懸案の解決を喜んでこれを了承した。そこで同月三〇日被告鈴木と坂上は本件土地につき、代金一億三六〇〇万円、内金六〇〇万円は被告会社振出額面三〇〇万円、満期昭和三九年三月三一日及び同年五月三一日とする約束手形各一通で支払い、内金九〇〇〇万円については同年一月三一日迄に支払方法を協議決定し原告の代人訴外栗原勝弁護士を通じて授受する、残金四〇〇〇万円は本件宅地引渡と同時払とする等の約で売買契約をなし、昭和三八年一二月三〇日付でその旨の契約書を作成したが右契約に際しては右栗原弁護士が原告の代理人として立会うと共に、右契約書末尾に署名捺印した。然して右契約の成立はその頃、右栗原から原告本店長国分に報告された。ところが右契約締結後被告鈴木と鎌倉市との前記契約が不調を来しそれがため本件土地の右契約に基づく手形の振出等も履行されず、被告鈴木から坂上に解約を申入れ、これに対し坂上から契約の履行を懇請するなどして右契約は一頓挫を来す状態となったが、更に種々接渉の末、坂上において代金減額の提案をなし、結局同三九年六月一五日今度は被告会社を買主とし、被告鈴木がその連帯保証人となって、前認定のとおり代金九六〇〇万円で本件土地の売買契約書が作成された。一方原告は同年一月中から本件宅地を含む坂上関係の担保不動産の競売方を検討しその旨弁護士富沢準二郎に相談をしていたが、同年二月初頃本店長国分らを被告会社に派遣して本件売買契約の推移を探ると共に任意競売を実行する方針を固め、同年三月頃同弁護士に競売方を委任し、同弁護士は同年六月頃静岡地方裁判所沼津支部に本件宅地の競売申立をし、同年七月一七日競売開始決定を得、右決定は翌一八日登記簿に記入された。これより先、坂上から本件土地売買代金の手形を持参する旨連絡を受けた原告金庫と富沢弁護士は本件宅地の競売続行に支障を与えない条件で手形を受領する方針を立てていたところ、同年六月一三日頃、坂上は訴外加藤及び被告会社代表者秋葉と共に原告代理人富沢弁護士の事務所を訪れ、同弁護士に本件宅地の前記売買契約が成立することを告げると共に、契約成立の上は売買代金の手形を持参するから受領してくれるよう申入れたので、同弁護士は現金でなければ困ると一たんは断ったものの、手形が決済された時点で入金とする条件で結局右申入れを了承した。そして同年七月一四日坂上が本件手形を含む約束手形九葉(額面合計四八〇〇万円)を同事務所に持参したところ、富沢弁護士はあらかじめ用意していた「但し当金庫に対する債務弁済の為受領するもので、本受領により弁済期を猶予し、又は競売の延期を認めるものではありません。本手形が入金になりましたときはいかなる債務の弁済に充当されても差支えありません」という但書のタイプされた領収証を坂上に示して右但書の趣旨に同意を求め、右領収証控にこれが了承を意味する同人の捺印を得て右手形を受領した。しかして原告は右手形の中最初に満期が到来し被告らが決済した分の手形金五〇〇万円を坂上が本件宅地取得に際して原告から借入れた前記五〇〇〇万円の借受金債務以外の債務に充当し(この事実は当事者間に争がない)、競売手続はそのまま続行し、結局本件宅地は被告らが契約不履行を理由に本件手形を不渡とした後に原告らが自ら競落してその所有権を取得した。

以上の事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

以上の事実によれば、先ず本件宅地の事実上の実権者である原告及びその代理人富沢弁護士、本件宅地の所有者坂上良三、その買主である被告会社及び被告鈴木らの間では、原告の前記根抵当権はその法律的性格はとも角、実際は坂上の本件宅地購入に関しなされた前記借入金五〇〇〇万円を担保するものであって、右借入金が返済されるならば右根抵当権は抹消されるべきものと理解されていたこと(この事実は叙上認定のほか、≪証拠省略≫により認められる。訴外東京日産自動車販売株式会社が保証債務の履行として原告に対し一五〇〇万円を弁済した際、坂上作成名義の書面をもって本件手形が決済された暁には本件宅地上に存する右根抵当権の被担保債務元金五〇〇〇万円及び損害金の内金に充当し残元利金を支払った時には右根抵当権を抹消するよう申入れをなしたところ原告代理人富沢弁護士がこれを了承した事実によって肯認できる)、そして、原告及び原告代理人富沢弁護士は本件手形が本件土地売買代金支払のために振出されたものの一部であること坂上と被告会社の間には売買契約の内容として坂上が本件宅地上に存する原告の根抵当権等を抹消して引渡すべきことが当然約定されていること、そして本件手形を原告に交付する場合には専ら本件宅地上の原告の右諸権利を抹消するために右借入金五〇〇〇万円の弁済として譲渡しその他の目的のために使用しないことが約束されていること、若し本件手形が他の用途に流用されるならば坂上の経済状態からして本件宅地上に存する原告の右根抵当権は抹消されるに由なく、結局本件売買契約は坂上の債務不履行を理由として解除されるに至るべきことを知りながら、敢えて右手形振出の趣旨に反して坂上に対する他の債権に充当する意図で本件手形を譲り受けたものであることを認めることができる。

このように約束手形の使用目的についての手形授受当事者間の特約を知りながらその目的に反する用途に充てる意図で手形を取得した所持人に対してはいわゆる一般悪意の抗弁を適用することも考えられるが、該所持人が自己の手形取得に際し手形行為の原因をなす基本の契約が解消されるべきことを認識していた場合には、一般悪意の抗弁を問題とするまでもなく右所持人は手形法七七条、一七条但書にいわゆる「債務者を害することを知りて手形を取得したる」者に該当し、人的抗弁切断の利益を受け得ないものというべきである(最判昭三〇・五・三一集九・六・八一一参照)。

原告は根抵当権の性質論から、本件手形を被告ら主張の債務に充当したとしてもなお右根抵当権は抹消されるものではないと主張するが、仮にそうであるとしても右の判断が左右されるわけのものではない。なお、右根抵当権が実際には五〇〇〇万円の貸金債権を担保するものと理解されていたことは前認定のとおりである。

五、≪証拠省略≫を総合すれば、本件土地売買契約は坂上の債務不履行を理由として昭和四一年六月三〇日解除されたことを認めることができる。しかるときは本件手形振出の原因債務は消滅したものであり、被告会社は右原因関係上の抗弁をもって坂上及び害意取得者たる原告に対抗できる筋合であるから、被告会社は原告に対し本件手形金支払の義務を負わないものというべきである。

六、被告鈴木の抗弁について考えるに、同被告が本件各手形に共同振出人として署名した事実は当事者間に争がなく、同被告が本件土地売買契約の連帯保証人となったことは前に認定したとおりである。とするならば同被告の右手形行為は保証の趣旨でなされたものであり、その原因債務は坂上に対する右売買契約上の被告会社の連帯保証債務であるとみるのが相当である。しかして前掲四掲記の各証拠によれば、被告鈴木と被告会社とは前者が後者の実権者であったため、本件取引において殆んど同一主体と意識されており、本件売買契約において買主は被告会社であるけれども原告及び原告代理人富沢弁護士は右契約を被告鈴木が買主となった第一の契約の延長と考えており、むしろ被告鈴木を本件宅地の買手として重視していたことが覗われるのであるが、これはまた事柄の実態に則した判断であると思料される。そうであれば、原告は本件売買契約において被告鈴木が被告会社と並んで本件土地の共同買主か或は少くとも連帯保証人となっていることを熟知していたものというべきである。そして前叙のとおり主たる債務が消滅したのであるから被告鈴木の保証債務も消滅したものであり、同被告は右原因債務消滅の抗弁を自己の原因関係上の抗弁として直接の相手方である坂上に対抗できる理である。そして、連帯保証の事実と主たる債務が将来消滅すべきことを知っていた原告は当然右保証債務も将来消滅すべきことを認識していたものといわねばならないから、被告鈴木に対する関係においても手形法一七条にいう害意取得者に該当し、同被告は右原因債務消滅の抗弁をもって原告にも対抗することができるというべきである。

七、原告は再抗弁として被告会社代表者は昭和三九年六月一三日本件宅地が競売されても本件手形を決済することを承諾したと主張するが、≪証拠判断省略≫他にこれを認めるに足りる証拠はない。

八、以上の次第であって、被告らの抗弁はいずれも理由があるから爾余の点につき判断するまでもなく、原告の請求は失当である。よってこれを棄却することとし、民訴法四五七条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 清水悠爾)

〈以下省略〉

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